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好きですゴリラ

音楽と読書のデザインとハロープロジェクトの話

強い女性の集まり

ハロープロジェクトのアイドル、アンジュルムのコンサートを観に中野サンプラザへ行った。初めてサイリウムを持ってライブに行った感想は、輝度が思ったより高くて自分の挙動が目立ち恥ずかしいので、変な動きができない。たとえば知らない曲が流れても楽しいから適当に踊ったりおたく達のコールに合わせて振ってみたりするんだけど、その曲を知っていれば誰もがリズムを取りたくなる複雑なキメやコールについて行けていないのが明らかになる。逆に知っている曲は「これ知ってるよ〜!」と自信満々に光を振り回せるので楽しい。ただ、よく知っている曲でも私が踊りたい動きや好きなリズムとおたく達が統一しているコールは違うことが多く戸惑った。変な自意識を発動させたり周りと同調して喜ぶためにコンサートへ行くのは私の本来の目的と違うので、結局は何も持たずに好き勝手するのが一番楽しい。私が行った数少ないハロプロのコンサートで見出した楽しみ方は、前から個人的に面白いと思っていたお気に入りの振り付け(唐突におかしな動きになる部分など)を一緒に踊るのと、特徴的なコーラス(レコーディング映像が公開されている曲は、重ね撮りしたコーラスもしっかり聴ける)を周りに迷惑のかからない程度に小さく歌うこと。

アンジュルムのコンサートはすばらしかった。健康的な美しい筋肉、体中を使って響かせる歌声と、曲の空気感に合わせてくるくる変わる表情、ハロプロは強い女性の集まりだと改めて尊敬した。きっと、親に言われるままにオーディションを受けて以来なんとなく続けていたり、憧れのハロプロでデビューできたのが嬉しかったり、モーニング娘。に入れなくて悔しかったり、歳を重ねるうちに意欲や誇りを感じたり、卒業して普通の女の子に戻りたかったり、きっとそれぞれ口にはしない思いがある中、今日もステージで歌ってくれてありがとうございますと思う。私の好きな相川茉穂さんは病気の長期療養でお休みだったけど、ある曲の間奏では相川さんがソロでパフォーマンスしていた場面で彼女のメンバーカラーである緑色の照明になって(私は終演後お友達に言われて気付いた)、相川さんはステージを離れていても大切な仲間ですよ、というような優しい演出があった。

その他印象に残った部分として、オープニングで着ていたアルミホイルみたいなギラギラの衣装がダサくてよかった。ハロプロは骨格の美しい人が多いので衣装がダサくてもそれなりになるのがすごい。

 

室田瑞希さんというメンバーが研修生の頃から好きなんだけど、この「上手く言えない」という曲のダンスやノリは室田さんの魅力が詰まっていてとてもいい。中野で聴けなくて残念だった。


アンジュルム「上手く言えない」池袋サンシャインシティ

 

日記

 

4/11日記

誕生日だった。去年は気持ちが忙しくて友達がくれたお祝いメッセージを見て気付く位だったけど、今年は「もうすぐ誕生日だな」とか「今日誕生日だな」とかずっと考えて、祝われたがりだった。職場の人は誰も私の誕生日を知らないので何回か「今日誕生日です」と言おうとしたけど、私も他の人の誕生日を知らないし、この一年自分の誕生日を告白する人もいなかったので我慢した。年齢関係なく、誕生日が楽しみでそわそわする年と、気がついたら過ぎてる位どうでもいい年がある

付き合ってる人と誕生日が一日違いなので2人分のお祝いにとちょっといい焼肉屋へ行ったら、そこで食べた「上カルビ」がびっくりする位美味しかった。その美味しさを伝えたいけど、今まで味わった事のない美味しさだったので何かに例えるのは難しい。ストレスなく穏やかにトロトロ肥えた牛が私のような人間の特別な日のために殺められた、というつらさと感謝の入り混じった複雑な味です。上カルビの他には、柚子胡椒の効いたセセリが辛くて美味しかった。金持ちになってこういうものばかり食べるようになったら、この感動も無くなるんだろうか。

今年から化粧を頑張ってみようと初めてファンデーションを買ったら、うす〜く塗った瞬間肌が窒息して驚いた。鼻の穴ひとつ塞がれたみたいに息苦しい。せっかく買ったけど、これじゃ続かないかもしれない。毎日窒息するより毎日こいつ肌汚いなと思われる方がましかもしれない。

誕生日プレゼントは、・万年筆(出来ればペリカンかkaweco、Mニブ)・スピーカーとアンプ(詳しい人に色々聞きたい)・カセットウォークマン ・おすすめの本

が欲しいです。お待ちしています。

冬の自分を律する

4、5年ほど体のあらゆる所にちょっとした違和感や不調を抱えたまま過ごしていて、このままじゃいけないと分かっているのに全然生活が改善できない。「こういう生活は若いうちで体力的にあと10年も続かないだろうな」とか呑気に思っていたけど、最近はこれって若さや体力関係なく、自分のどうしようもない部分として一生悩むのでは?というか最終的に原因不明な突然死に至るのでは?と不安になってきた。

どうにかしようと思って3年前に始めたライフログ(と言っていいのかわからない、超自己流で他人にはおすすめできないような質の低いやつ)を先日初めてきちんと振り返ったら、インターネットに依存していることと冬に落ち込みやすくなった気持ちをうまくコントロールできないことが原因だった。めちゃくちゃ分かりやすいし、わざわざ3年分振り返らないとこんなことも気付かないほどいい加減に生活してる自分が情けない。あと振り返る習慣がないのによく3年もログ続けてるなと思う。

有益なブログはこんな導入で便利なライフハックや冬におすすめの体が温まる鍋のレシピを紹介したり、そうでなくても考察はするんだろうけど、私は自分を律する方法がまだわからないので何も書けません。自分の問題にやっと気付きました、って報告です。

学校中の木の名前を調べたかった

 

小学生の頃、「総合」という科目があった。

総合的な学習の時間という名のもと、校庭でドッチボールをするお遊びのような時間になったり(私はドッヂボールがお遊びという感覚はなかったので苦痛だった)、他の科目の補習に充てられたり、ぼんやりした科目だった。

 

その中で忘れられないのが3年か4年の総合で、「自分で好きなテーマを決めてとことん調べ、自由な形でまとめて発表する」という私の総合史上最も有意義な課題。確か1〜2ヶ月かけて取り組んだ。

 私は「学校に生えている木の名前を全部調べる」というテーマを思いつき、やる気でいっぱいだった。祖母の影響で植物が好きだし、観察スケッチを描いたりレイアウトを編集(こう書くと大げさだけど、学校の授業はいかにノートを工夫してまとめるかが楽しみだった)することも好きだったから、植物図鑑みたいになったらいいな、と具体的な構想もできていた。

各自決めた内容を発表する時「学校中の木の名前を調べて図鑑を作りたい」と言うと、先生は「すばらしいテーマですね!」と褒めてくれた。テーマが大きすぎて漠然とした人や、まだ決まっていない人が多かった中、私のやりたいことだけがやけに具体的だったからだと思う。

すると先生がこんな提案をした。「とっても素敵なテーマなんだけど、1人で全部調べるのは大変でしょうから、あなたがリーダーとしてやりたい人を募って、皆で完成させるのはどうかしら。」まだテーマが決まっていなかった子が数人、やりたいと手を挙げた。最終的に10人ほどの大きなグループができて、各自がテーマに取り組む中、確か私たちだけがグループ課題となった気がする。

 

先生が提案した時の「良いこと思いついた!」という雰囲気に飲まれて逆らえなかったけど、本当はすごく悔しかった。私にとっては「自分で」学校中の木の名前を調べることが重要で、「自分で調べたことを一冊の本にする」という過程にわくわくしていた。それを、先生の思いつきでテーマが決められない人の救済策に利用されたことが嫌だった。自分だけの楽しみを勝手に拡散されて、横取りされた感じ。

結局3グループ程で手分けして調べて、みんなで絵を描いたんだったと思う。ショックでやる気を無くしてしまったのでよく覚えていないけど、図鑑は作れず、確か各グループがフォーマットもバラバラなまま模造紙にまとめて発表した。褒められたけど全く嬉しくなかった。

 

それから10年ほど経った大学2年生の時、履修していた造園学の最終課題が「植物図鑑を作る」だった。テストやレポートなど一切なく、オリジナルの植物図鑑を提出することで単位が頂けるなんて、小学生の自分に教えてあげたい。学校中の木の名前を調べるのは、小学校とは比べものにならないほど敷地面積が広く、それこそ私一人では難しく諦めた。最終的に、その時盛りの季節だったあじさいをテーマに、あじさいの歴史、あじさいの生態、あじさいの解剖、とことんあじさいにこだわった植物図鑑を作ったが、小学生の自分の夢を叶えてあげているようで楽しかった。

世界が「少ない」頃の悩み

 

とにかく運動が苦手なので、小・中学生の頃は学校が本当に嫌だった。

運動できない人が注目を浴びる羽目になる授業のシステムが怖い。週に2回は体育の授業があったし、運動会やマラソン大会は当日以外の練習もたくさんあったから、小学校6年間の7割は憂鬱な気分だった。

体育の授業が憂鬱なんだけど、体育までの時間も「今日は体育がある」という考えに支配されて辛かった。

 

小学生の頃、お勉強は進研ゼミの教材を使っていた。早く遊びたかったので、気が向いた項目だけ取り組んで残りは親の目を盗み終わらせたふりをすることが多かった。時々「ちゃんとやってる?」と聞かれて、焦りながら丸つけしたページだけを見せて、他のページは色々理由つけて見させないようにしたりしてやり過ごした(多分やっていないのはバレてた)。

そんなことを続けながら「私がいない時に冊子を見られて、今まで嘘をつき続けていたことがバレてしまうんじゃないか」という不安と罪悪感が常につきまとっていた。

 

他にも、小さい時は何かしらの悩みに一日中鬱々と支配されていて、気持ちが解放される瞬間が少なかった。

「小さい頃は何も考えていなくて幸せだったなあ」と思い返すことは一度もない。自分は思慮に富んだ賢い子だったという意味ではなく、それを受け入れる自分の世界の数が少ないから、くだらないことでも真剣に考えざるを得なかった。

 

私の成長って、狭かった1つの世界が時間をかけて広くなるというよりも、入り口の違ういくつかの世界が増えて行って、時々それが偶然別の世界と繋がって拡張するってイメージ。世界って言葉は、スタッキングできる器とかモジュールの揃った収納とかにも置き換えられる。

 

1つ1つの悩みの大きさは小さい時の私にも今の私にも変わらないけど、それを受け入れる自分の世界の数が多くなったから、1つの悩みに支配される範囲が少なくなった。

あと、その悩みを受け入れた世界が別の世界と繋がっていれば、その悩みは小さくなって、自由に動かして発想を転換させられるようになった。

 

小さい子はみんな昔の私みたいに一日中悩んで苦しんでると思うけど、悩みの小ささを説明するより、別の世界の入り口を一緒に探してあげたい。

私の中に増えた世界を整理して地図を描きながら、小さい子と一緒にその地図をまんべんなく巡って、新しい世界の入り口を探す作業、が私の目指すデザイン

日記を始める

 

アンジュルムの相川茉穂さんが病気療養のため活動休止。

相川さん、ゆっくり休んで心穏やかな日々を過ごしてほしい。