好きですゴリラ

音楽と読書のデザインとハロープロジェクト

荒れた天気にはダブらしい

台風が上陸した週末、とんでもなく体調が悪くて一日中横になっていた。気圧のせいらしい。普段は自分の体調が悪い理由を考えずにひたすら耐え忍ぶだけだけど、台風の日のおしまい加減は尋常でなかったので、気圧のせいなんだと思う。ここ5年くらい、365日中330日は体調が悪くてだるい。

起きたままの姿勢でスマホを眺め、天井を眺め、しんどさがピークになったら眠り、また起きてスマホを眺め、立ちくらみを起こしながらトイレへ行き、チョコをひとつ食べてまた横になり、スマホと天井を眺め、を何度か繰り返したら一日が終わった。

Twitterのフォロワーが荒れた天気にはダブがよく合うと言っていたので、一日中Prince JammyとJah Shakaを交互に流した。暴風で雨戸がガタガタいう音と、響きを増幅させたドラムと、鍵盤ハーモニカやギターの空虚な裏拍がリアルタイムでミックスされた。自分の具合の悪さを助長するでもなく、元気付けるでもない、諸行無常の雰囲気が良かった。

台風の日と、体調が悪い日におすすめです。

 


Prince Jammy Throne of Blood

とにかく居心地の良い河井寛次郎記念館

 河井寛次郎記念館が大変よいところでした。「記念館」というと美術館のような空間を想像するけど、実際は寛次郎の設計した自宅のあちこちに彼の作品や蒐集品が並んでいるというつくりで、居心地のいい静かな古民家をのんびり気の済むまで探検した。今後、ここを訪れるためだけに京都へ行くかもしれないほど気に入った。

 素朴で健やかな河井寛次郎の作品、空間に溶け込んだ民藝品たち、ディティールが面白い家具(愛嬌があるフォルムのさまざまな椅子が家中に設置されていて座り放題)、迫力のある登り窯、深緑に湿った感じのいい中庭、中庭を中心に玄関〜廊下〜登り窯がゆるく繋がりどこに腰掛けても居心地のいい空間、そしてなんといっても作品に紛れて佇むやたら人馴れした猫(ゴロゴロ言いながらすり寄ってきた)。

 これらを一気に楽しめるうえに、気取った雰囲気が全くないのでつい長居したくなってしまう。中庭と居室を見下ろすことができる素焼窯のそばが良くて、何時間でも座っていたかった。

 椅子がたくさんある広い家はいいな。卒制で「自分が家で本を読むためだけの椅子」を作りたいと思っていた頃を思い出した。世の中の問題を解決したり、サステナブルで新たな価値を生み出すものでないと評価されない雰囲気に対抗して、社会性のかけらもないことをやりたいみたいな考えだったと思うけど、結局あれこれ言う人を一目で黙らせるような美しいものを作れる自信がなかったしやろうともしなかった。ばあさんになったら椅子の設計リベンジしてみたい。

ツイートしなかったツイート3

  • 「よくばりサラダ」や「一本満足バー」で満足できないし、「さらに嬉しい特典はこちら」は嬉しくない
  • ボウルにいっぱいのたべっ子どうぶつ
  • バイク川崎バイクに髪を切ってもらいたい
  • 夏は服選びの基準が全て汗染みが目立たないかどうかになるので、服屋には小さな霧吹きを常備してほしい
  • 筋金入りのネガティブになってしまった
  • 先日西洋美術館で常設を見ていた時、ハロプロ研修生松原ユリヤさんにそっくりの女性が描かれた絵を発見した
  • 表参道ヒルズのぐるぐるした空間を爆走する子ども
  • しつこい営業の電話を丁寧に断った時、あからさまに態度を変えてガチャ切りされると辛い
  • パスポートの写真が犯罪者みたいな顔
  • サチモスの新曲とても好きな感じ
  • 自分が死んだら葬式はしないでほしいという思いと、モーニング娘。「Happy大作戦」をBGMに参列者が肩を組み合唱する中で出棺したいという2つの矛盾した希望がある
  • 人手不足対応製品コーナー
  • 早く人間になりたいなあ
  • 手が痩せた。最高だ!でも老化なのかな?
  • あらゆる店員さんが自分との距離に対して相応しい声量で話してくれるといいな
  • 中学生の頃親の知人のライブで小さなカフェに連れて行ってもらった。転換の合間にDJが流していた曲が気に入ったので勇気を出して曲名を聞いてみたところ、原田郁子忌野清志郎の「銀河」という曲です、と終演後にその曲を焼いたCDを渡してくれた。今はShazamを使っているので、こういうことが起こらない
  • 自律神経が乱れている時、そのことに自分で気付くの難しくないか?
  • 流れているラジオのゲストがHiGEの須藤さんで、Gmail勝手にアップデートしてんじゃねー、という話がなんだか良かった
  • 追い込まれると脳内に鹿賀丈史の「Ja-nay」が流れるのでいつも詰めが甘くなる
  • 実家の犬が死んでしまった。父が毎日描いていたという犬のスケッチを見せてもらうと、生きていた頃の眠ってばかりな老犬は死んでいるかのようで、死んだ日の夜に描かれたスケッチは、目を開けて横たわっている様子が生きているみたいだった。
  • 映画も漫画もあまり詳しくないので、観たもの読んだもの大体面白く感じる

痴漢の現場に居合わせた自分の行動

 

 朝の電車で痴漢を見てショックを受けた。ラッシュを過ぎて空いている車内、端の席に座った女の子から数席空けた場所に独特な雰囲気を漂わせた男性が座り、寝ぼけた(酩酊した?)ような様子で少しずつ彼女の隣まで近づき、最終的に足を触った。

 女の子の対面に座っていた自分は、男性の挙動や独特の表情から何らかの精神疾患や障害がある人だと思って見ていたが、彼が自分の膝からずり落ちた手を女の子の足に添わせ、指を動かしながら彼女の顔を見たところで痴漢だ、故意的にやっているのだと思った。

 男性は女の子の足に手を近づけたまま寝て(寝たふり?)、彼女に覆いかぶさるように頭をもたげてフラフラしていた。女の子はスマホに釘付けのまま動かず、自分もどうしたら良いかわからず、急行で5駅過ぎた所でようやく女の子に声を掛け、自分がいた席に座らせた。彼女は私に声をかけられてもすぐに立ち上がることが出来ず、その強張らせた表情を見た瞬間ものすごい勢いで心臓がドキドキした。彼女が席を移動したのを見届けて車両を変えたが、初めて痴漢の現場を見たことに動揺して20分ほど動悸がおさまらなかった。

 声を掛ける前の自分は、なぜ明らかに触られているのに、空いている車内を移動せず何事もないような顔でスマホを触っているのかが疑問で、少しイライラしていた。でも、自分が声を掛けても顔を強張らせて立ち上がれない様子を見て、そして何より初めから何かがおかしいと感じつつ行動を起こせなかった自分の行動も全く同じで、こういうことに直面すると本当に身体が動かなくなってしまうんだと初めて知った。痴漢に遭遇したことがない自分にとって、何もかも初めての体験だった。

 席を譲った後はその場に残ることが怖くて車両を移動してしまったけど、彼女が無事に目的の駅で降りられたか、痴漢と思われる行為をしていた男性の隣に後から座った人が被害を受けていないか、とにかく半端な行動をしたまま無責任に車両を変えてしまったことを後悔している。

 女の子に声を掛ける前の自分の気持ちを思い返すと、男性が痴漢をしているのか、何らかの障害があり根拠の不明な行動をしているのか、それとも酒に酔っているのか、女の子は触られていることに気付いているのか、そういう判断に迷っていたようだった。

 でも男性がどういう状況であるかに関わらず、事実として彼女は他人に身体を触られていた。自分がその状況を変えるために、男性にどういった事情があるか考慮する必要はあったのか。自分が徹夜続きのフラフラな状態で電車にのり、居眠りをして隣の人の膝まで頭を傾けてしまっていたあの時、隣の人や周りはこの状況をどう感じていたのか。

 今は頭が混乱しているので、とりあえずこれ以上考えないようにする。

お子さまランチが食べたかった

 小さい頃、お子さまランチが注文できなかった。「お子さま」という言葉は「子ども」の敬語表現だけど、小さい時は他人を馬鹿にするニュアンスで触れることが多かったし、単純に子ども扱いされるのも恥ずかしい。

 「お子さま」という言葉が嫌だからお子さまランチは食べられない、と親に伝えると、メニューにお子様ランチを見つける度「お子さまって言葉が嫌だからお子さまランチは食べないんだよね〜」と言われるようになったのだがそれも嫌で、親戚などが「あら〜ませてるのね〜、大人と一緒がいいんだね〜」とからかうのが輪をかけて嫌。もっと嫌なのは、ハンバーグ、ナポリタン、チキンライスといったお子さまランチのラインナップは大好きで、少なめの盛り付けも丁度良く、食事と一緒におもちゃが貰えたら嬉しいしで、確実にメニューのターゲットど真ん中であることだった。

 26歳の今も「お子さまランチ」という言葉は嫌いだけど、お子さまランチに年齢制限が無かったら、勇気を出して「お子さまランチ大盛りで」と言いたいほど好きな食べ物が揃っている。おもちゃ欲しいし。そう思うと、高校の修学旅行で長崎の伊王島へ行った際に初めて食べたトルコライスは最高だった。

 子ども扱いされることが嫌な子どもをませているとからかう大人は、無自覚に立場の弱い他人を傷つけていることを分かってない。若者に対する年長者の態度もそうだけど、発達の途上にある子どもを知識や体力でサポートすることと、子ども扱いすることは違う。子どもは自分と異なる経験と思考を重ねる他人であり、同時にある部分では過去の自分そのものであることを忘れないようにしたい。

これからも買わないであろうもの

 4〜6月に着るような丁度いい上着が必要だと思いつつ、買わないまま5年ほど経った。そういうものが必要になった時は、仕方なくやや厚手のコートを着てちょっと暑いか、ペラペラのカーディガンでちょっと寒い格好になる。服を選ぶのは好きだけどあまりお金がないので、春と秋の服を買うのがもったいないと感じてしまい、一年通して夏と冬の組み合わせ方でやり過ごしていた。自分としてはそれで良いと思っていたが、このあいだ通勤中に周りを見ると、皆その日の気温にぴったりの上着を着ていてすごいなと感銘を受けた。いい加減今年は春の薄い上着を買うか…と決めた矢先、5月とは思えない猛暑に突入し、なんかいいやとなってしまった。もう真夏の服出しちゃったし。今後梅雨入りとともに気温が落ち着いてきたとしても、もう今年は薄い上着を買わないと思う。多分来年も買わない。

 最近は音楽を聴くのにAppleMusic等のサブスクが手放せないが、ジャケットがお気に入りのアルバムをアナログ盤で持っている。にも関わらずレコードプレイヤーを持っていない。盤はただの飾りで、かなり格好悪い。早くこのダサい状況から脱したいが、良いものを安く買いたい、という無駄な浅〜いこだわりが邪魔をして何年も決めかねている。良いものを、と言っておきながら何が良いのかもよくわかっていないので、とりあえずHARD OFFで売られている中古品を眺めて、型番を調べて仕様をチェックしたりする。なるほどと思うものの、さらにアンプを選んで組み合わせるのかと思うと気が遠くなり、まあ急いで無理に買わなくてもいいかと先送りになっている。

 ちなみにお飾り状態の可哀想な盤のひとつ、A Tribe Called Questの1stアルバムは、ジャケットが虹色にメラメラ光ってとてもかっこいい。AppleMusicのアートワークとなっている色味を抑えたリマスター盤のバージョンしか知らなかったので、レコード屋で煌めくオリジナル盤を見つけて感動した。

 あと、このアルバムの邦題が味わい深いのでご査収ください。

 

「People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm」

→「ヒップホッパーズQ軍団の大冒険

 

1 Push It Along:冒険の始まり

2 Luck of Lucien:ツイてないルシェン

3 After Hours:パーティの後で××

4 Footprints:ボクたちの足跡

5 I Left My Wallet in El Segundo:Qティップのドジ旅行

6 Pubic Enemy:ピュービック・エネミー(下半身の敵)

7 Bonita Applebum:ボクのボニータ

8 Can I Kick It?:始めてもいい?

9 Youthful Expression:若いが勝ち!

10 Rhythm (Devoted to the Art of Moving Butts):芸術的リズム

11 Mr. Muhammad:DJモハメッド様

12 Ham 'N' Eggs:ハム&エッグは食べないヨ

13 Go Ahead In the Rain:ジメジメをブッ飛ばせ

14 Description of a Fool:トロいヤツ 

 

 私は英語が全然だめなので細かいニュアンスはわからないけど、タイトルをGoogle翻訳にかけてみたら「本能的な旅とリズムの道」というかっこいい訳が現れた。本能的な旅とリズムの道、即ちヒップホッパーズQ軍団の大冒険。

 

遠隔飲み

 今月に入ってから、「遠隔飲み」というイベントを数回開催している。各自好きな飲みものやおつまみを用意してモニター越しに宅飲みをするという、要するにただのビデオ通話なんだけど、遠隔飲みと称してイベントっぽくすると楽しいのでそうしている。

 通話が始まったら挨拶がてらお互いの飲みものとおつまみを見せあい、部屋にある最近の購入品やはまりものをYoutuberのように紹介したり。遠くに住んでいる友達と、居酒屋で顔を合わせるのと変わらず(もしくはそれ以上にリラックスしながら)雑談するのが楽しくて、完全なマイブームになった。

 お風呂に入って部屋着に着替え、おやすみスタイルを整えてから始める遠隔飲みは特に良い。終電を気にせずにダラダラと雑談し、じゃあそろそろ寝ようか、バイバーイと別れた5秒後には歯を磨きはじめて、即布団に入る。終電ダッシュや酔っぱらいのゲロに邪魔されることなく、充実した気持ちを絶やさず眠りにつけるので、精神がかなり健康になる。

 今月はそうやって、遠くに就職してなかなか会えなくなった人たちとも遠隔飲みでゆっくりおしゃべりできたので、とても穏やかな気持ちで過ごせた。周りで流行らせて、もっと色んな人と開催したい。昔の同級生とか、インターネットの人(直接会ったことはないけどSNSなどを通じてお互いを認知している人)とか。