好きですゴリラ

音楽と読書のデザインとハロープロジェクトの話

学校中の木の名前を調べたかった

 

小学生の頃、「総合」という科目があった。

総合的な学習の時間という名のもと、校庭でドッチボールをするお遊びのような時間になったり(私はドッヂボールがお遊びという感覚はなかったので苦痛だった)、他の科目の補習に充てられたり、ぼんやりした科目だった。

 

その中で忘れられないのが3年か4年の総合で、「自分で好きなテーマを決めてとことん調べ、自由な形でまとめて発表する」という私の総合史上最も有意義な課題。確か1〜2ヶ月かけて取り組んだ。

 私は「学校に生えている木の名前を全部調べる」というテーマを思いつき、やる気でいっぱいだった。祖母の影響で植物が好きだし、観察スケッチを描いたりレイアウトを編集(こう書くと大げさだけど、学校の授業はいかにノートを工夫してまとめるかが楽しみだった)することも好きだったから、植物図鑑みたいになったらいいな、と具体的な構想もできていた。

各自決めた内容を発表する時「学校中の木の名前を調べて図鑑を作りたい」と言うと、先生は「すばらしいテーマですね!」と褒めてくれた。テーマが大きすぎて漠然とした人や、まだ決まっていない人が多かった中、私のやりたいことだけがやけに具体的だったからだと思う。

すると先生がこんな提案をした。「とっても素敵なテーマなんだけど、1人で全部調べるのは大変でしょうから、あなたがリーダーとしてやりたい人を募って、皆で完成させるのはどうかしら。」まだテーマが決まっていなかった子が数人、やりたいと手を挙げた。最終的に10人ほどの大きなグループができて、各自がテーマに取り組む中、確か私たちだけがグループ課題となった気がする。

 

先生が提案した時の「良いこと思いついた!」という雰囲気に飲まれて逆らえなかったけど、本当はすごく悔しかった。私にとっては「自分で」学校中の木の名前を調べることが重要で、「自分で調べたことを一冊の本にする」という過程にわくわくしていた。それを、先生の思いつきでテーマが決められない人の救済策に利用されたことが嫌だった。自分だけの楽しみを勝手に拡散されて、横取りされた感じ。

結局3グループ程で手分けして調べて、みんなで絵を描いたんだったと思う。ショックでやる気を無くしてしまったのでよく覚えていないけど、図鑑は作れず、確か各グループがフォーマットもバラバラなまま模造紙にまとめて発表した。褒められたけど全く嬉しくなかった。

 

それから10年ほど経った大学2年生の時、履修していた造園学の最終課題が「植物図鑑を作る」だった。テストやレポートなど一切なく、オリジナルの植物図鑑を提出することで単位が頂けるなんて、小学生の自分に教えてあげたい。学校中の木の名前を調べるのは、小学校とは比べものにならないほど敷地面積が広く、それこそ私一人では難しく諦めた。最終的に、その時盛りの季節だったあじさいをテーマに、あじさいの歴史、あじさいの生態、あじさいの解剖、とことんあじさいにこだわった植物図鑑を作ったが、小学生の自分の夢を叶えてあげているようで楽しかった。

世界が「少ない」頃の悩み

 

とにかく運動が苦手なので、小・中学生の頃は学校が本当に嫌だった。

運動できない人が注目を浴びる羽目になる授業のシステムが怖い。週に2回は体育の授業があったし、運動会やマラソン大会は当日以外の練習もたくさんあったから、小学校6年間の7割は憂鬱な気分だった。

体育の授業が憂鬱なんだけど、体育までの時間も「今日は体育がある」という考えに支配されて辛かった。

 

小学生の頃、お勉強は進研ゼミの教材を使っていた。早く遊びたかったので、気が向いた項目だけ取り組んで残りは親の目を盗み終わらせたふりをすることが多かった。時々「ちゃんとやってる?」と聞かれて、焦りながら丸つけしたページだけを見せて、他のページは色々理由つけて見させないようにしたりしてやり過ごした(多分やっていないのはバレてた)。

そんなことを続けながら「私がいない時に冊子を見られて、今まで嘘をつき続けていたことがバレてしまうんじゃないか」という不安と罪悪感が常につきまとっていた。

 

他にも、小さい時は何かしらの悩みに一日中鬱々と支配されていて、気持ちが解放される瞬間が少なかった。

「小さい頃は何も考えていなくて幸せだったなあ」と思い返すことは一度もない。自分は思慮に富んだ賢い子だったという意味ではなく、それを受け入れる自分の世界の数が少ないから、くだらないことでも真剣に考えざるを得なかった。

 

私の成長って、狭かった1つの世界が時間をかけて広くなるというよりも、入り口の違ういくつかの世界が増えて行って、時々それが偶然別の世界と繋がって拡張するってイメージ。世界って言葉は、スタッキングできる器とかモジュールの揃った収納とかにも置き換えられる。

 

1つ1つの悩みの大きさは小さい時の私にも今の私にも変わらないけど、それを受け入れる自分の世界の数が多くなったから、1つの悩みに支配される範囲が少なくなった。

あと、その悩みを受け入れた世界が別の世界と繋がっていれば、その悩みは小さくなって、自由に動かして発想を転換させられるようになった。

 

小さい子はみんな昔の私みたいに一日中悩んで苦しんでると思うけど、悩みの小ささを説明するより、別の世界の入り口を一緒に探してあげたい。

私の中に増えた世界を整理して地図を描きながら、小さい子と一緒にその地図をまんべんなく巡って、新しい世界の入り口を探す作業、が私の目指すデザイン

日記を始める

 

アンジュルムの相川茉穂さんが病気療養のため活動休止。

相川さん、ゆっくり休んで心穏やかな日々を過ごしてほしい。